HERITAGE
The History
時代を渡って受け継がれていく夢
一人が夢を描き、 一人がその続きを引き受け、 ある者は技術を、 ある者は情熱を、 ある者は人生そのものを注いだ。
彼らの意志が、 一本の線のようにつながり、 ホテル川久という物語を今日まで運んできた。
ホテル川久は、 その夢を受け継ぎながら歩み続けています。
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旅館「河久」開業
1929年、大阪・船場の商人、
河内屋久兵衛によって、
南紀白浜に旅館「河久」は開かれました。
「河久」という名は、久兵衛自身の名にある
「河」と「久」から取られたもの。
人の名を掲げた小さな旅館から、
川久の物語は始まります。
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戦後復興「河久」から「川久」へ
昭和初期。
後に川久を受け継ぐことになる安間千之は、
新婚旅行で白浜を訪れました。
夫婦が宿泊したのは、
河内屋久兵衛が営む旅館「河久」。
この場所を深く気に入った安間は、
「いつかこの旅館を経営したい」と願い、
当時500円を手付けのように置いていきました。
しかしその後、時代は戦争へと進みます。
旅館は陸軍に使用され、終戦後には
南海地震による津波の被害を受けました。
河久を続けることが難しくなったとき、
久兵衛が思い出したのが、
かつてこの宿の未来を願った安間の存在でした。
1949年9月、安間千之が経営を継承。
旅館の名は「河久」から、
現在へつながる「川久」へと改められます。
一人の旅人がこの場所に見出した可能性が、 新たな川久の歴史を動かし始めた瞬間でした。
総工費約400億円、
歴史に残る建築をつくる
老朽化を迎えた川久の建て替え計画は、
やがて、ただ新しい宿をつくるための
計画ではなくなっていきます。
構想を率いた堀資永と、建築家・永田祐三。
二人が目指したのは、100年、200年先にも
歴史に残る、
世界のどこにもない建築作品でした。
世界各地を巡り、素材を探し、
職人や芸術家と対話を重ねる。
中国、ヨーロッパ、イスラム、そして日本。
それぞれの地で出会った技術と美意識を集め、
「世界の数寄屋」をつくる、
壮大なプロジェクトが始動します。
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唯一無二の宮殿ホテル完成
前例がないから、できない。 その言葉に、川久は立ち止まりませんでした。
紫禁城の瑠璃瓦。 イギリスの煉瓦。 イタリアのローマンモザイク。 フランスの金箔天井。
世界中から集まった職人・芸術家・建築家が、
それぞれの最高の技を、
この地に注ぎ込みました。
約2年の建設期間、総工費約400億円。 1991年、ホテル川久が誕生します。
ここに完成したのは、
単に豪華なホテルではありません。
夢を語り、理想を貫いた人々の情熱が、
建築そのものになった場所です。
1990年代後半
試練の時代を越えて
完成から間もなく、
日本はバブル崩壊後の時代へと移ります。
巨額の投資を要した川久も、
その大きな波を受けました。
夢の城は、存続そのものが問われる
転換点を迎えます。
けれど、ここに集められた建築と芸術、
そして「本物をつくる」という意志は、
失われることはありませんでした。
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REBORN
~夢を、次の時代へ~
受け継がれたのは、建物だけではありません。 世界の職人たちが刻んだ技術と、 妥協なく美を求めた、川久の精神です。
食を味わうこと。 建築を巡ること。 アートに出会うこと。 温泉に身を委ねること。
かつての夢を守りながら、 川久は、新たな滞在の価値を育み続けています。
TODAY
夢は、いまも続いている
1929年の開業から、まもなく100年。 川久は、完成された過去の建築ではありません。
訪れる人の感動によって、
新しい意味を重ねながら、
この場所は今も息づいています。
時代を越え、人から人へ。 ホテル川久はこれからも、 新たな物語を描き続けます。
